今季のピッティ・イマージネ・ウオモでゲストデザイナーに選出されたセッチュウ(SETCHU)の桑田悟史がフィレンツェ国立中央図書館を舞台に繰り広げたのは、巧緻を極めた、多元的なパフォーマンスだった。観客を前に本格的なファッションショーを行ったのは、桑田にとって今回が初めて。そのプレシャーを確かに感じていた彼は、「これが最初で最後かもしれません」とプレビューで笑った。プライベートにおいてもキャリアにおいても、何事も周到に進める桑田は「手放す」ことを知らない。思い描いた通りに表現するためならどんな手間も惜しまない、こだわりの強い多才なデザイナーだ。
京都に生まれ、スーツケースひとつで世界を転々としてきた桑田率いるセッチュウというブランドは、彼自身の生き様を体現している。創意工夫に富んだデザインは古今東西の文化や心象を折衷し、フィレンツェでも東洋と西洋の融合を惜しみなく追求。桑田の多大なる創造力を見せつける力作が披露された。絵を描かない桑田のデザインプロセスは独特なもので、いつも瞑想にふけるように、1枚の白い紙と“対話”することから始まる。傍から見るとただの白紙に、彼は作品の土台となる構造を思い浮かべ、いくつもの折り紙を折るかのように、正方形や三角形、長方形を頭の中で折り重なね、並べ、分解する。そして変化していく形を、サヴィル・ロウで磨いた腕でひとつのピースに組み立てていく。
サヴィル・ロウ仕込みの職人技、エロティシズム、東洋と西洋の融合
コレクションをあと2つくらいは優に生み出せるほどアイデアに富んだショーは、朝から夜、暮れゆく1日を表した一連の流れとして展開。サヴィル・ロウで最も古いテーラー、デイヴィス&サン(DAVIES & SON)と共同で製作したブラックのモーニングスーツ、制服風の青いダブルブレストブレザー、テールコートといったセッチュウらしいルックの数々が随所に登場した。精巧に仕立てられたフォーマルなスーツは、プレスされたフロントプリーツによってコンパクトに畳むことができ、背中の裏地に縫い付けられたボタンをはめれば、ジャケットはクロップド丈に変身する。ゴールドのボタンがあしらわれたブルーのブレザーは、折り返されたタック入りのサイドが特徴で、テールコートはテールをたくし上げて再解釈。これを畳のような肌触りのコットンで作られた、袴を彷彿とさせるフリンジ付きのケープレットと合わせた。
ショーで披露された特徴的な白とグレーと黒のタータン柄は、白黒テレビや新聞、本など、情報がまだモノクロのメディアを介して発信されていた時代に思いを馳せてデザインされたものだ。「本は“見つける”ものではなく、“出会う”ものでした。その出会いはときに、かけがいのないものでした」と桑田が語るように、昔は1冊の本や1枚の新聞が人生を変えることがあった。日本ではタータンに似た柄が着物に使用されており、桑田自身が子ども時代、服作りを始めたばかりの頃に購入した生地のひとつもまたタータンだった。「(あの頃は)パンクが何なのかも知りませんでした」
ファッションショーはデザイナーを試す。演出力を磨かせ、自らの創作の限界と向き合わせる。キャリアを新たな高みへと押し上げると同時に、デザイナー自身の自尊心を取り返しのつかないほど傷つけることもある、諸刃の剣のようなものだ。プレッシャーがのしかかる中、日頃から丹念に、思いを込めて制作に取り組む桑田はそんなショーというものに慎重に挑み、密度が濃いながらも流れるようなプレゼンテーションを行った。
コレクションを彩ったのは、いくつかの傑出したルック。そのひとつが織り帯のような、高級感あふれる真紅とゴールドのシルクブロケードでできた着物風のスクエアカットシャツ。複雑な模様は『源氏物語』にインスパイアされたという。「要するに、史上初のロマコメですね。『セックス・アンド・ザ・シティ』や『エミリー、パリへ行く』みたいな」と説明した桑田は、漁師に惚れ込む光源氏をブロケード生地に描き、『源氏物語』をホモエロティックなストーリーに仕立て上げた。エロティックな要素はほかにも、ドラマティックなトレーンとケープ付きのイブニングガウンに取り入れられた。一見、普通の黒いレースで作られたように見える1着だが、よく見るとタコの死骸に似たペニスの形が一面に連なっている。「ファッションショーで300本以上のペニスを披露したデザイナーは、私以外にいないはずです!」と冗談を飛ばした。
セッチュウの世界観は、ショー後も図書館の2階で体感することができた。アーチ型の天井のサロンには畳の敷かれたガラスケースが並び、ゲストたちは中に展示されているピースやコレクションの着想源となったアイテムを見ながら進む。「私の脳内にあるもの、セッチュウのすべてのピースに込められているインスピレーションをお見せしたかったのです」と桑田は話る。折りたたみシューズから折り紙式のトートバッグ、解体されたセーターから釣具で作られたブレスレット、小さなマザーオブパールのボタンまで、桑田のデザインや細部への圧倒的なこだわり、頭の中で無限に広がる景色が垣間見える品々が陳列されていた。
現在、バラの花びらと梅干しを使った香水を制作中だという桑田。「子どもの頃、体調を崩すと母がしょっぱい梅干しをくれたんです。彼女なりの愛情表現でしたね」。彼にとっては梅干しが、プルースト効果を発揮するものなのだろう。そこから呼び覚まされる記憶や感情も、いつしかコレクションに落とし込まれ、世に送り出されるに違いない。
※セッチュウ 2025-26年秋冬メンズコレクションをすべて見る。
Text: Tiziana Cardini Adaptation: Anzu Kawano
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